2026年1月、妻の尚美と滋賀県草津市に引っ越してきました。
この地を選んだ理由がふたつあります。
ひとつは僕と尚美が付き合い始めた思い出の地であること。
そしてもうひとつは、「インフロニア草津アクアティクスセンター」という新しいプールが数年前にできたこと。
「新しいプールができたから引っ越します」
そんな一言で始まる、僕の第二の水泳人生物語に少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。
僕たちふたりの住む家は小さな賃貸アパートです。
とにかく日当たりと眺めが良くて選びました。
朝日と夕日がものすごく美しく見える小さな部屋のお家です。
このお家に引っ越してきて、とにかく日当たりが良くて、天気が良い日には外に出かけたくなるんです。
でも実は、僕は普通に出かけることすらも難しくなっている状況でした。
体力と気力が衰えて、すぐに疲れてしまうしやる気も出ない。
冬場になるとすぐに冷えてしまう。
漠然とした不安やイライラが増えて、尚美との関係性までにも影響が出ていました。
思い当たることはただひとつ。
水泳から離れてしまったから。
僕が競泳の選手を辞めたのは2017年、尚美と出会った年です。
それまではほぼ毎日、選手としてプールに通っていました。
尚美と出会って以来、彼女との人生を大切にしたくて、僕は選手を辞めることを決めました。
長年続けてきた競泳を離れることは寂しくもあり、でも、「もう頑張らなくていいんだ」というような、どこかホッとしたような、複雑な気持ちでした。
2017年以来、僕は尚美と一緒に週一回程度、ジムに通っていました。
でも、選手をやっていた時とは違って、何かを目標にしていたわけでもなかった。
だから、トレーニングをサボってしまうこともどんどん増えていってしまったんです。
そうすると、「今日は雨だから」とか「ちょっと調子が悪いから」とか、なんだかんだ理由をつけて、どんどんジムへの足が遠のいてしまった。すると、みるみるうちに体力も気力もメンタルヘルスも失ってしまいました。
尚美との暮らしを大切にしたくて水泳から離れたはずなのに、その決断によって生まれた不安や苛立ちは、少しずつ僕たちの関係性にも影を落としていきました。
そして気がつけば、僕は水泳を辞めた理由を尚美との出会いのせいにしかけていたんです。
こんなにも自分の心身に悪影響が出ていた理由が水泳を辞めたことであったのは明らかでした。
でも、水泳を再び始めることには大きな抵抗がありました。
それは、
「自己ベストはもう一生越えられないだろう」
という考え方に囚われていたからでした。
小学3年生に競泳を始めて以来、ずっと自分自身の記録と向き合い続けてきました。
全日本の選手やインカレの選手には到底及ばない記録ではあったけど、精一杯頑張ってきたと思っています。
ほぼ毎日プールに通って、自分の持っているもののほとんど全てを水泳にかけてきました。
だから、これから水泳を再開するモチベーションを何にすれば良いのか分からなかったんです。
それでも、僕をもう一度泳ぎたいと思わせたのは、家から見える美しい澄み渡った青空でした。
小学生の時に大会で泳いだ防衛大の屋外プール。
高校時代、ほぼ毎日通い詰めた高校の屋外プール。
大学院時代、25歳になっても仲間達と一番の青春を共にした大学の屋外プール。
どの時代も、晴れ渡った青空の下で僕は泳いでいました。
清々しかった。
透き通った水のような心と体で、ただ泳ぐことが大好きでした。
泳ぎたい、もう一度。
家から見える青空を眺めて、そう思わずにはいられなかったのです。
僕の水泳の新たなモチベーションは決して「速さ」だけではありません。
水泳を再開するには新しい価値観が必要でした。
それは
「自分自身がどうありたいか」
という、自分自身の「生き様」「在り方」「幸せ」といった状態を軸とした考え方です。
体力や気力、記録などはある程度は取り戻せるものの、いずれは必ず衰え、消えゆくもの。
つまり、今「手にしているもの」を少しずつ手放していかなければいけないと考えています。
そこで、水泳を再開するにあたって、あえて「数値化のできない」僕のこれからの水泳人生の方向性を決めました。
・心が穏やかで優しく、爽やかな笑顔でいられること、
・体が心地よく、疲れにくい健康な状態でいられること
・青春時代をプールで泳いだように、これからの人生で世界中のプールで泳ぐこと
これらを一言でまとめると、「精神性の豊かさ」です。
おそらく、これらは終着点のない、長い旅かも知れません。
一方、数値化しない目標ばかりでは客観的に前進しているかを測れない側面もあります。
若いうちは物足りなさを感じるかもしれません。
そこで、自分の体組成と生涯ベストに対して、まず第一段階として以下にも挑戦することにしました。
・体重 / 体脂肪率 59kg台 / 9%台(現役時代 62kg / 9%)
・50m自由形 24秒台(生涯ベスト 24.46)
・100m自由形 53秒台(生涯ベスト 53.67)
体重と体脂肪率を設定したのは体組成は心身のコンディションに直結するからです。
体重が軽すぎても重すぎても、体力がなかったり、重くてしんどい場合があります。
体脂肪率が低すぎると倦怠感や空腹感が強くて動けません。一方で高すぎる場合には体のキレがなく、動くことが億劫になってしまいます。
また、将来的なロコモティブシンドロームの予防には下半身の筋肉量が必要不可欠です。
以上のことから、早めのうちに上の数値に到達して維持したいと思っています。
そして、タイムに関しては決して速いタイムではないかも知れません。でも、また水泳と真摯に向き合っていった結果、ここに辿り着けたら嬉しいです。
水泳と本気で向き合っていた頃の20代までの自分はとても真面目でひたむきでした。
心も体も安定していて、とても健康的であったと思います。
そんないい時代に、尚美と出会えました。
だからこそ、尚美も自分と向き合ってくれたのだと思っています。
水泳を離れてからの9年間、色々なことがありました。
多くは幸せな時間でした。でもそれと同じくらい、辛く苦しい試練がたくさんありました。
尚美を幸せにしたくて水泳から離れたはずだったのに、僕は自分の未熟さを、満たされなさを、彼女のせいにしかけていました。いえ、半分はそうしていたと思います。
尚美とぶつかったことは数え切れません。
辛かった。自分が情けなかった。
そして体も心も、人生に対する姿勢も弱々しくなってしまっていたと思います。
今振り返ってみると、水泳は僕の人生そのものでした。
でもそれは、一度水泳から離れたからこそ得られた気づきでした。
Life of Swimming
Life of Swimming
このブログのテーマ、実は、僕が競泳を始めた時に父が僕にくれた、水泳の教本ビデオのタイトルと同じなんです。
スウェーデンのオリンピックの代表選手であるアンとグレンという選手カップルが登場するビデオです。
幼かった僕にはその言葉の本当の意味が分かりませんでした。
30年近くが経った今、ほんの少しだけ、この意味に近づけた気がしています。
Swim smart.
巧みに泳ぐ。
昔はタイムのことばかり気にしていました。でも今は、単に泳ぐ技術だけでなく、心もしなやかに泳ぎたい。
Swim forever.
永く泳ぎ続ける。
「水」に「永」と綴り「泳」となります。水に永く在り続けることが水泳というものなのでのでしょうか。
その本当の意味はまだ分かりません。
だからこそ、これからの尚美との人生を通して「生きる」ことの、そして水泳との人生を通して「泳ぐ」ことの意味を、探し求め続けていきたいと思います。
Swim smart. Swim forever.
2026年5月18日
野村 優